鬱で倒れた会社の後輩が、復帰してからの話。

どーも、ソフトウェア開発者のりょーたです。

数年前、ぼくの直属の後輩が鬱になり、会社に来れなくなりました。

そのときは本当にショックで、ぼくは自分の不甲斐なさと悔しさとでいっぱいになりました。

彼はぼくのチームの主戦力だったので、彼のいなくなったチームは、必死そのものでした。

プロジェクトマネージャーのはずの自分が手を動かしながら、顧客と調整し、すべてをやるような状況でした。

それからしばらくして、チーム運営が少しずつ波に乗ってきた頃、ぼくは考えはじめました。

『どうすれば、彼が戻って来やすいようなチームづくりができるのか?』

『どうすれば、彼がつぶれないようなチームづくりができるのか?』

ぼくは“チームづくり”というのを強く意識するようになりました。

当時、やる案件に対して、担当する人間の数は絶対的に不足していました。

そこで、ぼくは人を増やすことに決めました。

しかし、案件の費用が決められている中で、どう人を増やすのか?

それまでは、顧客から値切られまくった挙句、まともに利益の出ない案件がいくつもあり、人を抱えられないような状態でした。

これではいかん!

どうにもならん!

人はどんどんつぶれていく。

適正な費用はもらえない。

養えないなら、人を減らすしかない。

少ない人数で、キャパオーバーになる。

また人がつぶれる。

これではいかん! 悪循環だ!

強く強く、そう思ったんですね。

そこで、ぼくは適正な費用を提示することに徹底的にこだわりました。

顧客に費用の正当性を熱く語り、何がそんなに大変なのかを理解してもらうよう努めました。

そこで、ようやく人を増やし、体制を築きはじめました。

それから、自分の持っている知識やスキルを色んな人に教えました。

背景にある考え方や調整の仕方、スケジュールの考え方や自分の身を守る方法など、様々なことを教えました。

そして……。

後輩は、この場所に戻ってきました。

元気な顔をして、戻ってきました。

感動すると同時に、ぼくは緊張していました。

もう二度と、彼をつぶすわけにはいかない。

そんな思いを胸に、彼と接していました。

後輩に対して、気を遣っていました。

無理な仕事を振らないようにしていました。

そんな思いを察したのか、後輩は、もっと仕事を振ってくれと、自分もプロジェクトマネージャーになりたいんだと、色んな経験をさせてくれと、そうせがんできました。

ぼくは、気を遣いながらも、色んな仕事を任せはじめました。

すると、後輩はメキメキと成長しはじめました。

いや、そもそもつぶれる前から仕事の素質はすごくあったんですね。タイピングは神業のように速いし、考え方が徹底的にロジカル。潜在能力はものすごく高い男だった。

それが、精神的な問題で萎縮してしまっていた。自分の持っている能力を発揮できていなかった。

復帰後、その萎縮が一切無くなっていました。生まれ変わっていました。

休職中、色んなセミナーに行ったりしたと言っていたので、それがいい経験だったのかもしれません。

いまや彼は、20人以上いるチームの中で一番の成長株です。

仕事をしていると、色んなことがあります。予想外のことやトラブルもたくさんあります。

それでもぼくは、ソフトウェア開発者という仕事を愛しています。

これからも前向きにがんばっていくつもりです。

帰ってきてくれた後輩に感謝をしながら、ぼくは今日も仕事をしています。

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